2018年秋アニメ『やがて君になる』をネタバレ無しで感想・評価とあわせてレビューします。
おすすめ度:★★★★☆(82点・良作)
一言感想 :「百合」という”最適解”で描かれる、ヒロインたちの心の動きから目が離せない
どんな作品?
ストーリー紹介(公式サイトより抜粋)
人に恋する気持ちがわからず悩みを抱える小糸侑は、
中学卒業の時に仲の良い男子に告白された返事をできずにいた。
そんな折に出会った生徒会役員の七海燈子は、誰に告白されても相手のことを好きになれないという。
燈子に共感を覚えた侑は自分の悩みを打ち明けるが、逆に燈子から思わぬ言葉を告げられる──
「私、君のこと好きになりそう」
この作品は「月刊コミック電撃大王」で連載中の漫画が原作のメディアミックス作品です。
ジャンルはいわゆる恋愛もの。女子対女子の「百合作品」となります。
作風としては、繊細な心の動きを豊かな背景描写やBGMで魅力的に彩っていく、落ち着いた雰囲気の作品です。
内容に入っていきます。
ヒロインは、生徒会に所属する、学校の中で一目置かれた存在である「七海 燈子 」。
主人公は、ひょんなことから生徒会の手伝いをすることになる「小糸 侑 」。
二人の共通点は「好き」という感情との付き合い方に迷っている点です。
好きという感情を理解できない「侑」と、誰に告白されても相手のことを好きになれない「燈子」。
お互いに、自分に似たものを相手に感じた二人は互いに交流を深めていきます。
物語の見どころは、二人が交流を深める中で生まれる”変化”です。
日々を過ごす中で二人は影響しあい、やがて、自分の持っている「好き」という感情への価値観が徐々に変わっていきます。
(左・小糸 侑 右・七海 燈子)
そんな繊細な心の動きを描くのに、この作品は「百合」という切り口を選んでいるわけですが、これがすごくはまっています。
一般的には少しクセがあると思われがちな百合要素ですが、この作品は「百合」だからこそ面白いのです。
本レビューでは、その理由を絡めながら、この作品の魅力を紹介していきます。
なお、各要素ごとの評価は次のとおりです。
要素別評価(5段階)
カテゴリ:恋愛・青春
総評:★★★★☆(82点・良作)
シナリオ:★★★★☆
キャラクター :★★★★☆
演出 :★★★★☆
(音楽 :★★★★☆ 絵 :★★★★☆ アイデア:★★★★★)
※要素別評価の理由はページ下部、総評の下に記載しています。
”戦略的”な心理描写が見どころ
では早速、何故「百合」なのかという所についてご説明したいのですが・・・
それはこの作品の見どころ・面白さと深く結びついています。
ですので、まずはそちらから先にご説明していきます。
一言でいえば、この作品の面白さの肝は”戦略的”な心理描写にあると思います。
二人の少女が心の中に秘めている想い、そしてその想いが変化する姿の描き方。
この描き方が、実に戦略的で引き込まれました。
戦略的とはどういう意味なのかを具体的に解説します。
ずばり、キャラクターの配置が計算され尽くしている
この作品に登場するキャラクター達(侑と燈子を除く)には、ある”役割”があります。
それは、「侑」と「燈子」の関係性との比較対象という役割です。
「女性同士の恋愛」、「先輩と後輩」、「好きという感情への迷い」。二人の関係性は独特で異質です。
この異質さをより強く印象づける方法、それは他の関係性と比較することです。
二人の関係性と対比できるようなキャラクター達を周囲に配置することで、そのような比較を可能としています。
例えば、「侑」と「燈子」の間には高校生の恋愛という点では一般的ではない「百合」という”異質”なものがあります。
その異質さを浮かび上がらせるように、「侑」の近くには、あこがれている男性の先輩との恋愛(=”普通”の恋愛)を目指す親友キャラがいる。
「侑」の近くにそんな”普通”を目指す親友がいることで、「百合」の異質さが際立ち、表現がより深まる。
また、「侑」自身もそのキャラクターの姿をきっかけに、「燈子」との関係性を考えざるを得ない状況に置かれていきます。
その葛藤が、見ごたえのあるシーンに繋がります。
上記はあくまで1例ですが、
作品で描かれる肝である「侑」と「燈子」の関係性を濃密に描くため、戦略的にキャラクターが配置されているのが面白さを生む一つのポイントだと思います。
”場所と動作”が心の動きを表現していく
続いて、別の切り口から”戦略的”を解説します。
私にはある、苦手な心理描写のパターンがあります。
それは、キャラがそのシーンで考えていることの全てを”セリフ”で表現してしまうというもの。
こういったパターンでは、展開の理屈自体はわかるのですが、イマイチ話にのめり込めない・・・
その理由は、キャラがどのように考えているのかを想像する余地が設けられてないから。
作品を見ていて、「あっ、このキャラはひょっとすると今こう思っているのかな」とふと気づく瞬間があります。
そのきっかけは、キャラの表情だったり、音楽だったり様々です。
そして、少し後のシーンでキャラの心情=答えがいろいろな形で明かされる。
”仮設と検証”とでもいえるこの流れがあると、自然と作品にのめり込んでいけるようになり、作品が強く印象にのこります。
このような、作品から”答え”を与えられるだけではなく、視聴者自らが作品の情報から”答え”を想像し、仮設を立てながら検証するという一連の流れが心理描写には大切だと私は思います。
作品・視聴者との間に相互の交流があってこそ、”真の納得感”が生まれるのではないでしょうか。
長くなりましたが、この点で「やがて君になる」は”視聴者との交流”が生まれるよう、想像する余地と情報が沢山詰め込まれています。
「想像する余地と情報」”動作編”
まず、キャラの動作にそれがあります。
例えば、手の動き。
あるシーンで、「侑」が怖がり「燈子」に思わず頼ってしまう描写があります。
そのシーンでは、頼っていまう瞬間、侑が燈子の手をキュッと握りしめるカットがタイミングよく挿入されます。
更に特徴的なのは目の動き。
セリフ一つに対し、視線の向きが変わったり、目の開き具合が変わるさまがしっかりと描かれています。
動揺するシーンでは思わず右上に視線が行くなど、一つ一つの描写が丁寧です。
台詞に対する反応が、言葉ではなく体に表れています。
ここから、見る側はキャラの心の動きについて色々な気付きを得られます。
こういった動作の積み重ねが作品と視聴者の交流を生み、シーンの説得力が深まっていると私は感じました。
■目が泳ぐ姿
「想像する余地と情報」”場所編”
続いて、シーンが描かれる”場所”についてです。
この作品では、「そのシーンを描く際、どの場所を舞台とするか」という”舞台選び”についても計算がよくされていると思いました。
計算とはつまり、舞台に意味を持たせるということです。
具体例で解説します。
例えば、作中において「侑」と「燈子」の関係性が深まるシーンは複数回、同じ場所で描かれています。
ところが、「侑」と「燈子」の関係性がこれまでとは違う方向に深まるシーンでは、あえて、それまでとは異なる場所を舞台にして描く。
これにより、関係性の変化の仕方が今までとは違うということを自然と察することが出来ました。
更に、場所を用いた暗喩表現も上手く使っています。
踏切は分岐点、河原は心の距離など、意味を持った場所が山場となるシーンの舞台として選ばれており、各シーンで描かれている内容を舞台が補足しているように思えました(詳しくは本編をご覧ください)。
”戦略的”についてまとめます。
①キャラのセリフではなく、「体の動きによる表現を上手く使う」
②舞台が意味を持つように「計算して舞台を選ぶ」
これらの工夫により、私たちは色々なことを想像しながら作品を見ることができる。
それがこの作品の魅力の一つです。
好きという感情への戸惑い、それは「百合」だからこそ描けるテーマ
ここからは、何故この作品が「百合」により描かれるべきかという点について記載していきます。
ここまでご紹介してきたように、この作品のメインテーマは「侑」と「燈子」の関係性の変化にあります。
関係性の変化とはつまり、「侑」と「燈子」それぞれの「今までの生き方」や「価値観」同士が交流し、影響し合うことで変わっていくさまです。
ただ、価値観が交わり更にそれが変わっていく程の仲の良さとは並大抵ではありません。
中途半端な仲の良さでは説得力が生まれません。
普通の友達では足りず、親友でも、ともすれば足りない。
それこそ、恋愛に発展するような絆が二人の間にあってこそ、価値観の変化に説得力が生まれます。
一方で、キャラ同士が恋愛関係になった場合、どうしても注目されてしまうのはいわゆる「性的な結びつき」です。
いつ、キャラの性的な関係性が発展するかが、一つの作品の肝となっていまいがちです。
しかし、この作品で描かれるべきはそこではなく、あくまで”価値観同士の交流と変化”です。そこにフィーチャーする上で、
「百合」は極めて有効に機能します。どういうことでしょうか。
まず、男女という性差のある恋愛であれば、当然「性的な関係性」が意識されます。
しかし、女性同士であればそれはいくらか話題の中心からぼやける。
性的=外見的な部分よりむしろ価値観の結びつきなど内面的な部分が話題の中心となる。
だからこそ「百合」なのです。
そう言った意味では、この作品の「百合」要素は他の百合作品とも少し作風が異なります。
”百合の綺麗さ、尊さ”とか、”女性同士ならではの生々しさ”のようなものにこだわっているのではなく、むしろ、キャラ同士の内面の関係性をじっくりと描く手段として選ばれるべくして選ばれたものです。
この点で、一般的な「百合」作品は少し苦手だという人についても、出来ればその要素で敬遠せずに見てもらいたい作品だと私は思います。
※(9話視聴後追記)いやぁ、やや生々しかった、レビューの骨格が崩れました\(^o^)/。しかし見ごたえがありました。
※(視聴完了後追記)全編通して、生々しい描写は大分少なかったので改稿無し。
「侑」と「燈子」はそもそも魅力的なキャラクターなのか?
ここまで、この作品の肝は、「侑」と「燈子」の関係性にあると繰り返してきました。
ただ、ここで疑問となるのはそもそも、「その二人は共感を覚えることのできる魅力的なキャラクターなのか」という点ではないでしょうか。
いくら色々な工夫がされていても、そこがダメなら全て無駄、興味がなくなってしまいます。
この点についても全く問題はありません。
真っ直ぐな優しさを持つ「侑」と理想のためにひたむきに頑張る「燈子」。
それぞれはとても魅力的であり、更に、二人がそれぞれの欠けた部分を補うように交流する姿は二人の良さが合わさり魅力的です。
総評
・「侑」と「燈子」の関係性の変化を描くために詰め込まれた心理描写のテクニックは見る人を強く引き込む。
・一筋縄ではいかない「侑」と「燈子」の関係性の深まり方は恋愛作品として良い塩梅。
・上記のほか、BGM・作画など基本的な部分も非常に力が入っており丁寧な出来。
参考:要素別評価の理由
カテゴリ:恋愛・青春
総評:★★★★☆(82点・良作)
シナリオ:★★★★☆
キャラクター :★★★★★
演出 :★★★★☆
(音楽 :★★★★☆ 絵 :★★★★☆ アイデア:★★★★★)
シナリオ:★★★★☆
シナリオ全体は大きな意外性はないものの、過不足なく説得力のある王道な展開がきちんと練られている。
キャラクター :★★★★☆
アニメ的な個性が強調されたキャラ造形ではなく、価値観やそれを持つまでの背景がサブキャラクターまで含め、丁寧に設定されており、広く受け入れられやすい安定感のあるキャラ造形。
また、特筆すべきは本文で記載したようなキャラ配置の巧みさ。無駄がなく役割が明確なキャラ配置が王道な物語に深みを作っている。
演出 :★★★★☆
(音楽 :★★★★☆ 絵 :★★★★☆ アイデア:★★★★★)
音楽は自己主張するタイプではなく縁の下の力持ちとしてシーンを盛り上げるようなタイプで、作品の雰囲気にあった上品かつ透明感のあるBGMとなっており良い。
絵については、細やかな人の動きがとても丁寧に再現されており、展開に説得力を与えている。また、山場となるシーンは背景がとても綺麗に描き込まれており引き込まれた。
全体として、シーンの舞台選びや台詞に対するリアクションの描き方など、演出アイデアの光るシーンがとても多かった印象。
以下、改行をはさみネタバレを含みますので未視聴者の方はご注意ください。
ネタバレを含む感想コーナー
名シーンピックアップ
1話。冒頭で理想の恋について独白する侑。作品で描くテーマが明確なのがいいですね。また、背景が海になっているのも伏線のよう。
同じく後半の独白シーン。視覚的に飽きさせず、かつ、わかり易い表現。
色々書いてきましたが、なんだかんだこういう尊いシーンもやっぱり印象に残りますね。
2話よりOP。このOPを見て、一気に引き込まれ始めました。
このシーンの侑はやや大人っぽくて魅力的です。
問題の踏切。恋愛ものとしてみると急展開に見えますが、内面を描く作品だと思うと、いいテンポの展開に感じます。
貴重な侑の怒りシーン。声の演技がゾッとしてよかったです。
EDがライトなのが凄くいい。本編とOPの重さが丁度良く和らいでます。
3話。ここらへんから燈子のヘタレ具合が強調されてきます。妹らしさがあって可愛いかったです。
某動画サイトのコメントでネタにされている、ひっくり返るお父さん。まぁ、驚きますよね。
女子会。「練習したみたいにすらすら話す」と分析する侑は鋭い。そしてこのセリフは妙なリアリティがあった。 アイスが涙の表現というのも詩的でいいですね。
「どれだけ私のこと好きなんですか」
中々言えないセリフです。男性→女性へのセリフだったらイラッとしますが侑なら許せます。
「何そのセリフ・・・大好きだよ」この返しも凄いですね。それなのにバカップル感がないのが面白いところ。
贈り物のプラネタリウムを使うシーン。だんだん、燈子の飾っていない素の部分を好きになっていくというのがにくい演出です。
体育館裏での弱みを見せるシーン。構図が強くていいですね。この後の髪を梳く動作も優しさが溢れていて好きです。
決意表明シーン。演説するのは表向きの先輩について、モノローグは素の先輩についてという構図はぐっときました。そして、音楽とともにそれが一致してこの決意表明につながる、流れるような演出でした。
そしてこの反応。絵の持つ情報量ってやっぱり凄い。3話は文句なしに神回でしょう。
4話。キスシーン直前。シーンの綺麗さもいいですが、これが次の展開に活きていくるのが良いですね。
槇の裏の顔。なにげに気に入っているキャラです。キャラ設定も面白いですが、妙に現実にいそうな生々しさが個性的。その上、侑に変化を与えるという決定的な役割を果たすのに驚きました。
5話。百合本に照れるシーン。高度に低レベルな読み合いの結果、先輩がやっぱりヘタレというオチは可愛い。
侑の部屋へ。予想通りの行動に出る燈子が可愛い。そして、侑のナチュラルドS感。
この回の作画はいつもより可愛らしい感じがして結構気に入ってます。
6話。さやかVS侑。構図もさることながら、茅野さんの演技が普通に怖い。
侑とさやかの考え方の違いがこの先どのように描かれるのか・・・とても興味深いですね。
河原での対峙。距離感を河原で表すのは視覚的にわかりやすくて効果的でした。そして、この反転シーン。ホラー作品のようなカメラワークと寿さんの演技、踏切の音が合わさり凄い緊張感でした。
印象に残る凄い背景をここで持ってくるのがにくいですね。このカットのおかげで印象の強さが一気に高まったと思います。
ED後の答え合わせシーン。侑と燈子の比較に、この先の展開への興味を掻き立てられました。