2019年春公開『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』をネタバレ無しで、感想・評価とあわせてレビューします。
※ネタバレ有り感想は、ページ最下部に掲載しています。
おすすめ度:★★★★☆(75点)
一言感想 :主人公たちの互いを想う気持ちによって生まれる「葛藤」に心を刺される、暖かくも切ない作品
「1分で読める」レビュー要約
【超あらすじ】
クリスマスが近づき心躍る、恋人関係の「咲太」と「麻衣」。
そんな二人の前に、「咲太」の初恋の相手である「翔子」の大人になった姿をした「大人翔子」があらわれた。
そして、彼女の訪れとともに疼き始める咲太の胸の傷。
「大人翔子」と「咲太」、そして「麻衣」の互いを思いやる気持ちが交錯し、物語が前に進み始める・・・
【作風・作品の印象】
・2018年秋に放送されたTVアニメ「青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない」の劇場版。
・TVアニメ「青春ブタ野郎」シリーズの総仕上げ的なシナリオとなっている。
・相手を思いやる気持ちが交錯することにより生まれる葛藤に心を打たれる、青春+SFの良作
【主な見どころ・長所】
◎可愛さと芯の強さをあわせ持った魅力的なキャラクター達
◎胸が暖かくなり、かつ推進力のあるシナリオの面白さ
【気になった点・短所】
△拭いきれない作品の「既視感」
△劇場版と言うにはインパクト不足の映像と演出
導入
シックなBGMと魅力的なキャラクター、そしてSF+青春の組み合わせによって描かれる、切なく暖かい物語。
2018年秋に放送されたTVアニメ「青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない」は良作でした。
エピソードの序盤はヒロインの魅力を描き、後半はヒロインの内面を不思議要素と共に掘り下げていく。
この構図は、Key作品や「物語」シリーズ、または「涼宮ハルヒ」シリーズを思い出させる、懐かしい雰囲気のある作品だったと思います。
さて、そんな「青春ブタ野郎」シリーズの総仕上げ的な位置づけである劇場版「青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない」ですが・・・
期待通りの良作でした。
良くも悪くもTVアニメシリーズをそのまま劇場版にした感じです。
雰囲気はそのまま、映像のレベルもそのまま。
しかし、シリーズの中でも屈指の人気を誇るエピソードがきちんと映像化されている。
その1点を持って、パーフェクトな劇場版だったと言えると思います。
今回のレビューでは、「青春ブタ野郎」シリーズの要であるキャラクターの魅力とシナリオのつながり。そしてシナリオの面白さを中心に「青春ブタ野郎はゆめ見る少女の夢を見ない」を紹介します。
評価(5段階・要素別)
カテゴリ:青春・SF
総評価:★★★★☆(75点)
シナリオ:★★★★☆
キャラクター:★★★★★
演出:★★★☆☆
(音楽:★★★★☆ 映像:★★★☆☆ アイデア:★★★☆☆)
※評価の理由は、ページ下部に記載しています。
◎可愛さと芯の強さをあわせ持った魅力的なキャラクター達
キャラの魅力は咲太とヒロインの掛け合いから生まれる
まずは、作品の魅力の一つとなっているキャラクターの良さを紹介します。
この作品のキャラクターの良さは、「主人公である咲太とヒロインたちの掛け合いの面白さ」から生まれているように思います。
主人公の咲太はとても飄々としています。変に気負っていない、相手にもあまり気を使わないタイプです。
だからこそ、そんな彼と話すときのヒロインたちも不思議と壁を作っていない感じがします。
ありのままの自分をそのままぶつけているような掛け合いを咲太と行います。
あらわすならば、熟年夫婦のような気負っていない感じが見ていて心地よいんです。
更に、そんなありのままなヒロインたちですが、それぞれの良さがきちんと別れている点も魅力です。
・メインヒロイン「桜島麻衣」=年上の先輩気質、ややクーデレ気味、クールな雰囲気と咲太によせる想いの強さのギャップが良い
・初恋の人「牧之原 翔子」=中学生版の可憐さと大学生版のお姉さんな雰囲気のギャップが良い
・後輩「古賀 朋絵」=後輩らしい人懐こい雰囲気、そして普段の明るさと内面に持つ闇のギャップが良い
それぞれに違った形でギャップが作られており、どのキャラも魅力的になっています。
芯の部分がしっかりとしている点が大きな魅力
加えて良いと思うのが、キャラクターの芯がしっかりしている点です。
芯がしっかりしているとはつまり、それぞれの価値観と行動が一致しているということです。
例えば、「桜島麻衣」であれば「女優へのプロ意識と咲太への強い愛情」が大きな価値観となっています。
その価値観に従って、シナリオの中でいろいろな行動をとっていく。
その価値観と作中での出来事がぶつかりあいながら、やがて彼女の大きな葛藤が描き出されていきます。
価値観と行動が一貫しているからこそ、可愛さだけでなく、彼女の芯が感じられ、見ていて惹かれていきました。
■咲太と麻衣
◎シナリオとキャラクターの有機的なつながりが、作品に厚みを作っている
そして、価値観と行動の一致は、今作のヒロインである「牧之原翔子」についても同じことが言えます。
彼女の持つ価値観が、「思春期症候群(後述)」というSF要素により描き出される。
その価値観と作中での大きな出来事がぶつかり合い、今作のシナリオが進んでいきます。
更には、翔子・咲太・麻衣、それぞれの価値観がぶつかり合い大きな葛藤が生まれていく。
このように、キャラクターの価値観のぶつかり合いを中心としてシナリオが作られている点が今作の大きな魅力だと思います。
キャラクターの価値観が中心だからこそ、シナリオに説得力が生まれる。
そして、前述のように魅力的なキャラクターの行動だからこそ、シナリオへの興味が引き立てられる。
シナリオ面とキャラクター面が両輪となり作品の魅力を形作っている。ここが「青春ブタ野郎」シリーズの長所だと思います。
■咲太と翔子
◎汎用性が高い「思春期症候群」という舞台装置
「思春期症候群」。
この作品独自の概念で、思春期に持つ悩みや葛藤が現実に影響を及ぼす現象。
それは、例えば「他者から存在を認識されなくなる」、「あこがれの人と心と体が入れ替わる」など。
この舞台装置は非常に効果的だと思います。
まず、キャラクターの内面を掘り下げるのに効果的です。
話が進む=キャラの内面がわかっていくという構図は直感的でわかりやすい。
続いて、シナリオのワクワク感が高い。
思春期症候群により起きた謎を解き明かしていく過程は、サスペンスや推理小説のような面白さがあります。
最後に、それなりにシナリオに説得力が作れる点も良いと思います。
作品独自の概念であるため、そういうものなんだと言い切ってしまえば否定のしようが無いからです。
ロジック面で否定することが困難というのは強いと思います。
このような「思春期症候群」の面白さは今作においても十分に発揮されています。
特に、今作は思春期症候群に基づく「謎」が作中に多く散りばめられており、シナリオのワクワク感が高かったように思います。また、伏線回収も過不足なく、上手でした。
△拭いきれない作品の「既視感」
ここからは気になった点です。
導入で述べたとおり、この作品の構図は「涼宮ハルヒ」シリーズや「Key」系の作品などで見たような物となっています。
不思議要素とキャラの内面のリンク、不思議要素のSF的解釈などの点です。
ここだけならば良いのですが、シナリオの展開や重要なシーンの台詞も個人的には既視感を覚えるものとなっていました。
もちろん、キャラの魅力や価値観の葛藤があるため、話としては面白いです。
しかし、重要なシーンで既視感を覚えるというのは少し盛り下がってしまう印象を持ちました。
△劇場版というにはインパクト不足の映像と演出
劇場版というからには、やはりガツンと鈍器で殴られるようなインパクトのある映像や演出が見たい。
例えば、「ガルパン」の劇場版で言えば、TVシリーズのライバルが味方に回るというシーンのカタルシスは半端じゃない。
「けいおん!」で言えば、TVシリーズで積み重ねた学園生活からの卒業、そしてそれを描くためのメッセージソングのインパクトは素晴らしかった。
このように、劇場版といえばTVシリーズでは見られないようなもの、あるいはTVシリーズを超えてくるインパクトを持った演出がほしいと思ってしまいます。
この点で、今作はTVシリーズと地続きすぎると感じました。
作画や演出は完全にTVシリーズと同レベルです。
話の展開は確かにTVシリーズを超えてくるものがありましたが、演出が並レベルのため出力不足だと感じました。
総感想
良い映画化だったと思います。やはり、エンタメの基礎はキャラクターの魅力にあると再認識する出来でした。
同時期に公開されている「きみと、波にのれたら」はこの点で正直、正反対に位置する出来だったと思います。
キャラクターの魅力とシナリオが両輪となり、話を牽引していくこの作品はエンタメの鏡だと思います。
惜しむらくは、やはり映像のレベルでしょう。ここが更に光れば傑作になったように感じます。
記載できなかったシナリオの詳細については、ネタバレ有り感想で書いていこうと思います。
■参考:「きみと、波にのれたら」レビュー
評価(5段階・要素別)
カテゴリ:青春・SF
総評価:★★★★☆(75点)
シナリオ:★★★★☆
記事の通り。
キャラクター:★★★★★
記事の通り。
また、キャスト陣の演技が光る点も素晴らしかったと思う。特に「牧之原翔子役:水瀬いのり」さんの演技は秀逸。
大学生版のお姉さんな雰囲気と中学生版の必死さ、健気さの使い分けが素晴らしかった。
主人公の咲太が大分切羽詰まるシーンが多かったのも、普段とのギャップが有り、良かったと思う。
演出:★★★☆☆
(音楽:★★★★☆ 映像:★★★☆☆ アイデア:★★★☆☆)
演出面がもっと光っていればこのシリーズは傑作になったのでは、と思わざるを得ない。
不足はないものの、全体的に淡々としており、驚きを生むシーンがほとんどないのが欠点。
シックなBGMと落ち着きのある映像から生まれる雰囲気自体は好ましい。
ネタバレありで語りたい(ネタバレあり感想)
ここからは、肩肘張らずにネタバレありで感想を書き連ねます。
未視聴の方は、バックをお願いします。
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では。
■牧之原翔子が、良い。
素晴らしいヒロインだったと思います。
生きること、夢を持つこと、そしてあこがれの人を救うこと。
色々な重圧を背負いながら、必死にそれに立ち向かっていく姿に心を打たれました。
そんな大きなものを抱えながら、咲太には綺麗な笑顔を見せてくれる芯の強さが素敵です。
それだけに、翔子が本心を見せるシーンはすごいインパクトがありました。
未来の保健室で咲太と別れるシーンの涙や、病室で生きることへの執着をぶつけるシーンなど。
あんな姿を見せられれば、咲太が彼女を救いたくなる思いに共感せざるを得ませんでした。
最終シーンの再会を喜ぶ笑顔、最高でしたね。
最終シーンに至るまで、咲太にとってのターニングポイントで波と共に翔子さんは現れ、咲太を救います。
そんな翔子さんの努力があったからこそ、あのシーンで波がきっかけとなり、再び咲太とつながることができる。
因果応報の効いた良いシーンだったと思います。
そして、花嫁姿を見せるシーン。綺麗すぎでした。ブルーレイを買おう。
■桜島麻衣が、良い。
そればっかりじゃないか、って感じですがヒロイン勢の魅力はこの作品の感想ではやっぱり外せません。
今作では、普段はクールながらも、咲太を強く愛している彼女の葛藤が痛いくらいに伝わってきました。
二人で再びの逃避行を目指す彼女の弱さ。
そして、咲太を全て理解した上で、咲太を守ろうとする事故シーン。
弱さと強さが両立しており、良く感情移入できました。
■梓川 咲太が、良い。
正直、TV版の一話ではこいつ大丈夫かと思いました。
突然の「生理か?」発言なんかはラノベらしい痛々しさだと思ったものです。
しかし、話が進むに連れて彼の本質的な優しさと人間的な弱さが良い感じに心に刺さりました。
今作では、咲太は翔子と麻衣の間で行ったり来たりします。
よりインパクトが強かったほうを救うために奔走し、最後には麻衣のために命を賭ける。と思いきや、翔子のために過去を賭けようとするわけです。
一歩間違えれば、どっちつかずのダメ男に見えてしまいますが、今作ではダブルヒロインが極めて魅力的であり、かつ、翔子が咲太を救った人物であることが功を奏しシナリオとして成立しているように思います。
この難しいチャレンジを行ったシナリオにより、咲太は優しさと弱さを持った良い意味で人間的なキャラとして立ち上がったように感じました。
■麻衣の事故シーン
全体的に演出は力不足な今作の中で、このシーンは良かったと思います。
何よりも、音が良かった。
事故による重さと激しさを伴う音により、絶望的な状況にあることが一気に伝わってきました。
ただ、その後の咲太の絶望~復帰についてはやはり力不足かなぁと。
見せ方が違えば、翔子の存在感やあのシーンでの涙のインパクトがもっと強まったように思います。
■シナリオ全体について
謎の散りばめ、キャラの魅力引き立て、絶望から救いの落差、問題解決の方法など、多くの要素を上手くさばいた良シナリオだったと思います。
惜しかったのは、やることが多すぎて一つ一つのシーンのインパクトがやや弱まっていた所。
麻衣さんとの逃避行や、バスの中での麻衣さんの告白シーンなんかは描き方によっては凄い刺さるシーンになった気がします。
翔子の花丸シーンや、過去の改変シーンも同様です。
そして何より、最後の問題解決は少し雑に感じました。
過去改変からの夢による影響により、大して現在は変わらず、更に映画で心臓移植成功。
・・・さすがにご都合展開がすぎるように思います。
改変前の世界の因果応報があったからこそ、という描写をもっと深ぼってほしかったかなぁというのが個人的な感想。
シナリオの尺的にもアイデア的にもここをふくらませることは難しいとは思いますが、ここが完璧だったら翔子との再会シーンでは泣くしかない状況に陥ったと思うので残念です。
以上です。